聴くという贅沢
音楽は、いつでも聴ける時代になりました。
スマートフォンを開けば、何千万曲もの音楽がすぐに再生できます。
通勤中でも、仕事をしながらでも、家事をしながらでも。
音楽は私たちの日常に自然と溶け込み、とても身近な存在になりました。
それは本当に素晴らしいことです。
でも、ふと思うことがあります。
「最後に音楽だけを聴いたのは、いつだっただろう。」
棚から一枚選び、ジャケットを眺める。
内袋からそっと取り出し、ターンテーブルに乗せる。
針を静かに下ろすと、小さなノイズが聞こえ、そのあとに音楽が始まる。
その瞬間から数十分間は、自然と音楽に向き合っていました。
スマートフォンもSNSもなく、通知に邪魔されることもありません。
ただ音楽だけが流れ、その時間がゆっくりと過ぎていきました。
料理をしながら。
仕事をしながら。
運転しながら。
もちろん、それも音楽の楽しみ方のひとつです。
でもレコードは、不思議と「聴こう」という気持ちを引き出してくれます。
20分ほどでA面が終わり、B面を聴くには席を立って盤を裏返さなければなりません。
便利とは言えません。
それでも、その少しの手間が音楽との距離を近づけてくれるように感じます。
針が盤の溝をなぞる音。
新品でもわずかに聞こえる空気のような音。
デジタルなら消えてしまうその音が、不思議と心地よく感じられることがあります。
完璧ではないからこそ、音楽が少しだけ人の手に近づく。
そんな気がしています。
最近、私は毎日一曲ずつ、レコードの動画を投稿しています。
派手な演出はありません。
ただレコードが回り、音楽が流れるだけです。
それでも、その短い時間の中で「あの頃を思い出した」「懐かしい」という声をいただくことがあります。
音楽には、記憶を呼び起こす力があります。
一曲聴くだけで、景色や季節、人との思い出まで鮮明によみがえることがあります。
だから私は、毎日一曲を大切に届けたいと思っています。

レコードは決して便利なメディアではありません。
場所も取りますし、針も交換しなければなりません。
曲を飛ばすことも簡単ではありません。
それでも、レコードには便利さでは測れない価値があります。
音楽を「流す」のではなく、「聴く」。
そのための時間を自然とつくってくれるからです。

忙しい毎日の中で、ほんの20分だけ。
スマートフォンを置いて、お気に入りのレコードを一枚かけてみる。
そんな時間は、今だからこそ、とても贅沢なのかもしれません。